2009年3月3日火曜日

書評: クルーグマンの視座

昨年、ノーベル経済学賞を取ったクルーグマンの10年前のNY Timesのコラムの和訳本である。著名な経済学者であるが、一般のビジネスマン向けに分かるように書いた内容で、マクロ経済の視点で現代のビジネス界やアメリカの政策を批評していて、面白く読めた。
第1章は、ニューエコノミーに対する批判である。ITバブル崩壊前は、私もニューエコノミー論を安直に信じて、株アナリストの算出する理論株価に新鮮さを感じたものだった。無知とは恐ろしいもので、経済学の表面的な知識しかないと、自分で思考することはできなかった。クルーグマンの本書での指摘は、潜在経済成長率は労働人口と生産性の増分に相当し、それを超える過剰な金融緩和は失業率を下げインフレを起こして実質的な経済成長を押し下げる。ニューエコノミー論の反論は、IT化による飛躍的な生産性の拡大と、グローバル競争によるインフレ抑制の2点だ。前者について、生産性の公式統計は、デジタル革命でも年1%しか向上していないとのこと。後者について、過剰な金融緩和は、変動為替の調整を通じて、輸入品の価格上昇にともなうインフレ要因になる。
第2章は、国家を1企業体と考えることの間違いを指摘している。この意味で、ビジネスマンは優れた経済学者にもなれないし、国の経済を任せるのは全く危ないことになる。国民経済は、企業間の競争と違って閉鎖系なので、自由貿易による輸出入の拡大は、全体として雇用を増やすことがないそうだ。まず、世界全体で見ると、輸出が増えて国内雇用が増えるということは、相手国の雇用を奪っていると。すなわち、実需要が増えてない。また、自国の雇用だけを増やすことも出来ない理由があり、連銀の調整があるためという。輸出が増える→国内の雇用が増える→インフレ懸念を受けて連銀が公定歩合を上げる→需要が減る→雇用が減る、という調整サイクルが働くため。同様に、輸入が増える→国内の雇用が減る→インフレの心配が減り連銀が公定歩合を下げる→需要が増える→雇用が増える、となる。理屈的には分からなくもないが、輸出立国で雇用は増えるはずなのだが。2点目は、海外投資が貿易黒字を生み出すことはないという指摘である。逆に言うと、魅力ある投資先国は、必ず貿易赤字になる。これは正しいのだが、その結果となる、通貨の価値への影響という意味では、おそらく敢えて大きな要素に触れていない。貿易赤字分を、資本勘定で相殺する際に、経済とは別の手段を用いて、相手国に実質的に流動性がない自国資産を与えることが出来れば、通貨価値を維持しインフレもない。グレートマンシンドロームというのは初耳だったが、日本でも本当によく見るものだ。
第3章も、同じく輸出入の均衡論を用いて、新興国(中国)が先進国の生活水準を脅かすことはないとの指摘である。モデル化について、理解不足の点があり、また後日読み直してみたい。

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